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BCから上部についてはルートの解説を中心に紹介します。
概念図
頂上までの概念図
登山行動概要
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ベースキャンプ(BC) → 中継キャンプ(TC1)
7/27 BC到着後2日目にTC1建設
BCはカラクメ氷河末端の草地の上に張られた。ここから先のルートは基本的に氷河か、雪の上となる。やはり土の上で寝るのが一番だ。
今回TC1を置いたのは、高度に十分慣れていない状態でABCまで荷上げするのは、隊員のみならず、中国人の協力員にとっても我々以上に大変であると考えられたためです。ようは、一時的なテント地でした。

BCで馬方のウイグル人の人々
BCからTC1までのルートは、はじめはカラクメ氷河のエンドモレーンを進み、カラクメ氷河の左岸にとりつき、氷河上をケルン(岩を積み上げて目印にしたもの)に導かれて、アップダウンを繰り返していくものです。ちょうどTC1はABCまでの真ん中あたりにあって、完全に氷河上に置かれています。
このTC1を基点にして、BCからここまでの荷上げをする組と、ここからABCまでの荷上げをする組で荷物を引き渡し、最終的にABCに荷物を集積したのでした。

氷河上にある氷河湖
ひさしから湖面までで50m位あります
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中継キャンプ(TC1) → 前進キャンプ(ABC)
7/29 BC到着後4日目にABC建設
TC1からABCまでのルートもズーっと氷河の上を歩く。
途中から右岸の氷河とサイドモレーンの境界あたりを歩き、そこで右岸に流れ込む濁流の川をさかのぼるように進む。第1次の遠征隊では、このカラクメ氷河を氷河の流れのままに上流へ進んだのだが、その過程でこのショートカットするルートが発見されて、これでずいぶん楽になった。

氷河を一時離れて、この濁流に沿って進む
濁流をさかのぼると小さな峠になっており、前方には深緑色をした大きな池があった。ABCはこの池の少し上に位置している。ここは氷河上でなくて石の上のため、この先ズーっと雪の上でのキャンプ地という点を考えると、本当にゆっくりできそうな場所だ。

濁流をさかのぼって、登りきると池があった
池の左少し上がABC

ある隊員の荷上げ風景
ザックに押しつぶされそう
高度に慣れた隊員は、この先ここを拠点としてルート開拓や荷上げを行った。そういった意味で、このABCに帰ってきたときにはできるだけくつろげるように、食料も気の利いたつまみや、お菓子、豊富な飲み物、はたまたデザート類・・・と色々なものが取りそろえられていた。

ABCでの隊員
時には雪が降り、20cmくらい積もることもあった
このABCで一つ気をつけなければいけないこと、それはトイレと水場。
必ず水場よりも下でトイレをすること。これはいくら体調の悪いときでも侵すことのできない鉄則であった。

ABC上部から見た雪蓮南峰
雪蓮峰はこの奥にある
いよいよ山も見えてきた。これから本格的な登りが始まる。
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前進キャンプ(ABC) → 中継キャンプ(TC2)
8/1 BC到着後7日目にTC2建設
このTC2も本当に一時的なものだった。確か1泊しただけで無くなってしまったはずだ。(私は後方で荷上げをしていたため、ここにテントが立っているのを見ていない)
このTC2建設は、このキャンプ地のすぐ上部にある雪壁へのルート工作(滑落防止のためにロープを張る)のためとして設置された。

ABC上部のガレ場を越すと、またカラクメ氷河にでる
ここでロープをつけたり、日焼け止めを塗ったりと準備をして出発する
ルートはまず、ABCから先のルートは岩におおわれたガレ場を登ることから始まる。ここを登りきると、目の前にまたまたカラクメ氷河がでてくる。BCから登ってきたカラクメ氷河が岩だらけでアップダウンが激しかったことを思うと、今度のカラクメ氷河は完全に氷だけで表面はフラット、真っ白な世界だ。

カラクメ氷河を上部から見た
氷河上は一瞬フラットで歩き易そうな印象を受けるがとんでもない。そこには見えないクレバスがパックリと口を開いているのだ。そのため、氷河上では常に何人かとロープを結びあって、特に先頭の人は慎重に一歩一歩歩いた。
そんなフラットな氷河上を歩いた先に、アイスフォールという上部の氷河から流れ落ちる氷の滝があった。ときどき大崩壊するその場所の横を通るようにルートが延びている。このアイスフォールを登りきったところがTC2である。
 
左はアイスフォール、黒い点が登っている隊員
右はTC2上部の雪壁の下での私、雪壁を何人かが登っている
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中継キャンプ(TC2) → キャンプ1(C1)
8/3 BC到着後9日目にC1建設
TC2からC1までは距離的には大したものではない。TC2上部の雪壁を登りきればそこがC1。この雪壁は調子が良ければ大したものでもないのだが、始めていったときはバテた。爪先立ちが多くなるのでそういった意味で疲れる。

ABC上部から見た雪蓮南峰
ルートは左手のアイスフォール帯を登り、南峰の左手の尾根上を登った
アイスフォール帯の中間がTC2、登りきったところがC1、ちょうど写真の真ん中あたりがC2となる
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キャンプ1(C1) → キャンプ2(C2)
8/7 BC到着後13日目にC2建設
C1からC2へのルートは、はじめフラットなカール上の雪面をすすみ、そこから雪蓮南峰から落ちてくる尾根へ一気に登るルートがとられた。
はじめの雪面は天候が悪いときにはどちらへ進んで良いのか本当に困った。全く何も見えないのだ。その先の尾根に上がってからはやっと山登りらしくなる。左右がある程度すっぱりと切れており、気持ちの良い場所だ。
そんな尾根を多少登った先のちょっとした窪地がC2となった。
このC2は風の通り道のようで、特に天候が荒れたときは最低。一度天気が悪くて隊員が下った後に、なんと風に飛ばされてテントが消えていたこともあった。というわけで、テントのポールが折れるのは日常茶飯事であった。

C2上部からC2(尾根上の黒い点)と、タムクタシュ氷河を見る
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キャンプ2(C2) → キャンプ3(C3)
8/11 BC到着後17日目にC3建設
C2を出発してC3にたどり着く前に雪蓮南峰を通り過ぎないといけない。雪蓮南峰は、以前は単にジャンクションピークと言われていただけである。第2次遠征の時にはC2からこのジャンクションピークの下部をトラバースして雪蓮峰を直接目指したようで、今となっては雪蓮南峰も単なる通過点に過ぎない。
C2から雪蓮南峰へは、はじめ1ピッチ(約40m)くらいの岩登りの後、はっきりしない尾根上の雪壁を延々と登るだけで、登りとしてはかなり単調である。
ひと頑張りして丘のような雪蓮南峰を通過したその直下に、風を避けるようにC3が建設された。すでに高度は6000mを超えているためなかなか息苦しい場所だ。

雪蓮峰方面から雪蓮南峰(C3)を見る
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キャンプ3(C3) → 雪蓮峰頂上
8/19 BC到着後25日目に登頂
今回の雪蓮峰の核心部がいよいよやってきた。
C3までは、はっきり言って以前の遠征時の資料があって「既知」の部分であった。問題はこの先。ここからは「未知」である。
ルートとしては単純に尾根上を進めばよいのだが、雪蓮南峰と雪蓮峰の最低鞍部付近には岩峰帯があって、尾根上を単純に進むわけには行かない。
1度目のアタックはC3建設後の翌日に行われた。岩峰帯を突破しようと試みたが、その糸口も見つからない。結局アタックは失敗に終わった。
しかし、翌日も一部の隊員が再度この部分の突破を目指してアタックした。その結果、突破はならなかったものの、一度岩壁帯を左手に大きく下って巻くルートを発見した。これによって、いよいよ初登頂が現実的なものになってきた。

雪蓮峰へ雪面を進む

雪蓮峰へ続く黒い線が登ったルート
一時、ABCに下って休養した後、8/18に第2次のアタックが行われた。
C3は6人用テント1張り(実質4人用)ということで、C1やC2からも残りの隊員が後を追うように合計8人で出発した。
問題の岩壁帯は、2ピッチ(約100m)くらい下降した後、岩壁帯を巻き、再度登り返した。その先は雪壁が頂上まで続いているようだ。胸近くまであるフカフカの雪を交代でラッセルするが、なかなか進まない。
思った以上に時間がかかり、C3やC2に戻ることもできなくなってしまった。頂上はもう目の前だ。結局頂上直下で雪洞(雪の洞穴)を掘ってビバークすることになった。もちろんスコップなど持参しているはずもなく、ピッケルで本当に体一つ入るだけの雪洞を3つ掘って分かれてビバークした。食料も、寝袋も無く膝を抱えて一夜をあかす。

雪蓮峰頂上近くから雪蓮南峰を見る
翌8/19、明るくなってから出発。頂上は目前であるがまだまだ雪は深い。交代でラッセルを続ける。
12:30、ようやく頂上に到着。念願の頂上からは遠くハンテングリが見えた。
みんなで交代に記念写真を撮る。頂上の石も持ち帰らなければいけないし、色々と儀式が大変だ。おまけにまだ気の抜けない下りも待ちかまえている。
しかし一瞬とはいっても至福の時であった。
ましてや、この一瞬を求めていかに多くの人々が長い時間をかけてきたのかを思うとなおさらだ。

雪蓮峰頂上からハンテングリを見る(旧ロシア方面)

雪蓮峰(6627m) 初登頂
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